人口5万4000人の沖縄の離島、宮古島。伊良部大橋の開通で観光客が急増し、島は「宮古島バブル」と言われる異常なまでの好景気。
地価が高騰し、島外から“外資”とも呼べる観光関連企業が次々に進出。開発の勢いはすさまじく、市街地エリアや海沿いのリゾート用地には次々とリゾートホテルが開業している。
久しぶりに島に帰ってきた地元出身者や観光客は「宮古島は変わった。バブルだ」と口をそろえる。私が移住した5年前と比べても島の風景は一変した。
バブルはいつか終わる。島の経済界が恐れているのはバブル崩壊のXデー。小さな島のバブル崩壊のカウントダウンは既に始まっている。
観光客急増
宮古島バブルの火付け役となったのは2015年1月の伊良部大橋開通。
全国放送の番組で伊良部大橋が取り上げられ、宮古島・伊良部島の全国的な注目度が急上昇したことで観光客が急増した。
2014年に年間40万人台だった宮古島の観光客数は2018年には114万人を突破。観光客数はうなぎのぼり。石垣島に追い付け追い越せの勢いで急増している。
宮古島の観光客の推移
2013年度 40万0,391人
2014年度 43万0,550人
2015年度 51万3,605人
2016年度 70万3,055人
2017年度 98万8,343人
2018年度 114万3,031人
(宮古島市ホームページより)
観光客の宮古島への移動手段は飛行機かクルーズ船。国内からは飛行機で、海外からはクルーズ船で観光客が来島する。
2015年以降、空路、海路とも観光客が急増。
空路ではANAが羽田空港、関西国際空港、中部国際空港と宮古島を結ぶ定期路線を開設。
2014年まで本土との直行便はJAL系の羽田便1往復だけだったが、ANAの直行便路線参入で羽田便は1日2往復に。大阪、名古屋からも直行便で宮古入りできるようになった。
海路では中国、台湾からのクルーズ船が急増。2014年に年間0隻だったクルーズ船は2018年には153隻。海路での年間観光客数は2018年に90万人を突破し空路での観光客を上回った。
夏場のピーク時は週6日、中国・台湾からのクルーズ船が入る。クルーズ船の乗客を乗せた観光バスとタイミングが重なると、ビーチが中国人だらけなんてこともよくある。
リゾート開発
観光客急増に伴いホテル建設が加速。
宮古島の南海岸に一大リゾートエリアを築くユニマットプレシャスが2015年以降次々に新しいリゾートホテルを開業。2024年度までに客室数を6000室に増やす計画を公表しリゾート開発を加速している。
宮古島全体のホテルの客室数は約3000室(2017年/沖縄県文化観光スポーツ部)。ユニマットプレシャスの客室数6000室計画のインパクトは計り知れない。
バブルの波に乗って宮古島には多くの島外企業が進出。代表的なのは日建ハウジンググループ。宮古島の市街地エリアに1棟、宮古空港近くに1棟、東海岸に1棟、伊良部島に2棟のリゾートホテル開業を計画している。
飯田産業による来間島の大規模リゾート施設。森トラストの伊良部島渡口の浜近くのホテルなど、“外資”企業の進出が後を絶たない。
下地島空港新ターミナル開業
宮古島バブルの火付け役が伊良部大橋なら、バブルをパンパンに膨れ上がらせたのは下地島空港の新ターミナル開業。
伊良部島とつながる下地島の下地島空港は長年パイロット養成訓練場として使用されてきたが、ANA、JALが訓練から撤退。
空港を管理する沖縄県が空港の利活用事業を公募し三菱地所の計画が採用された。
三菱地所は下地島空港に新ターミナルを建設し、国内線LCC、国際線、プライベートジェットを誘致。
新ターミナルは2019年3月に開業。2019年に就航が決まっている定期便は成田、関空からのジェットスター便、香港からの香港エクスプレス便の3路線。
水面下では名古屋・福岡など大都市圏からのLCC誘致、中国・台湾・韓国からの国際線誘致活動が行われている。
宮古空港の年間の旅客数176万人(2018年/宮古島市空港課)に対し下地島空港の旅客数の目標は年間57万人(2025年)。
宮古空港は帰省や出張での利用も目立つが下地島空港利用者の大半は観光客。国内線LCC、国際線の就航で若い世代や外国人観光客の増加が期待されている。
クルーズ船専用バース整備
宮古島の平良港は、国土交通省が指定する国際クルーズ拠点港6ヶ所のうちの1ヶ所。拠点港に指定されたことで集中的に国の予算が投下され、平良港ではクルーズ船専用バースの整備が進んでいる。
バースの完成予定は2020年。バースが完成すればこれまでより大きなクルーズ船の寄港が可能になる。
バース建設に伴い世界最大のクルーズ船会社「カーニバル社」が土産物店などを備えるターミナル施設を建設予定。ターミナル施設を整備することで「カーニバル社」が優先的にバースを使用できる契約になっている。
バースの完成でクルーズ船の寄港、外国人観光客はさらに増える。クルーズ船が入る日は観光バスやタクシーなど島内の2次交通が不足する。受け入れ態勢の整備が求められる。
自衛隊基地建設
建設ラッシュの宮古島では、ホテル建設、下地島空港建設、クルーズ船バース建設と並行して陸上自衛隊の基地が建設された。
宮古空港から車で10分。宮古島のど真ん中に建設された陸上自衛隊基地。宮古島部隊は2019年3月に発足。2020年には東平安名埼近くに弾薬庫、射撃訓練場が整備され、隊員数は約800人にまで増える。
建設ラッシュの宮古島ではどの現場も人手不足。当たり前のように工事が遅れるが、陸上自衛隊基地建設に遅れはなかった。
島内には基地建設反対運動をしている住民も一部いるが大半は無関心。人口増加が島の経済発展につながるとして島の経済界のリーダーたちは積極的に自衛隊を誘致した。
ほとんどの観光客は宮古島に陸上自衛隊の基地があることを知らずに来て、知らないまま帰っていく。
大型公共事業
宮古空港近くのドーム型スポーツ観光交流拠点施設。宮古島市役所の新庁舎建設。図書館・中央公民館複合施設の建設。
宮古島市が発注する大型公共工事も盛んに行われている。
宮古島はわずか人口5万4000人の小さな島。観光客から見ればリゾートアイランドだが、住民にとっては沖縄の辺境地の田舎の離島。
田舎なので建設業が儲かれば島が潤うという考えが定着している。宮古島市長を3期務めている下地敏彦氏の選挙の後援会長は島の建設業者「共和産業」の社長、下地義治氏。
下地氏が市長である限り、外資の観光業者であれ、自衛隊であれ、島の建設業界が潤いそうなものは全て受け入れ続ける。
深刻な人手不足
バブルの宮古島ではどの業界も人手不足。
特に深刻なのは建設業。建設現場が多すぎるので、島内の労働者だけでは全く賄えない。島外、県外からも多くの労働者が宮古島に入っている。外国人労働者も増えた。
建設業者は外からの労働者には多額の日当を出している。島内労働者は日当1万円、県外労働者には日当3万円・5万円と差をつけているところもある。
ホテル業も人手不足が深刻。宮古島では次々にリゾートホテルが開業しているが、ホテルの開業に従業員確保が追い付いていない。
ホテル業者は従業員の寮としてアパートの部屋を確保したり、ホテルの一室を従業員の寮にするなどして働き手を確保しようと苦慮している。
新規オープンのホテルでは従業員もホテル業に初めて携わる新人ばかり。リゾートホテルの高級感あふれる施設の質に従業員のホテルマンとしての質が追い付いていない。
宮古島でホテルマンの質がすばらしいと胸を張れるのは「宮古島東急ホテル&リゾーツ」ぐらい。30年以上の歴史があり、社内研修が充実していてホテルマンが育つ土壌がある。
他のホテルはどこも新人が多く、離職率が高く、従業員が疲れきっている。
有効求人倍率
建設業、観光業に引っ張られる形で島内では有効求人倍率が急上昇。
2019年1月には有効求人倍率が初めて2倍を突破。求職者1人に対し2つの求人情報がある異常事態。仕事の内容を選ばなければ島民でも移住者でもすぐに仕事が見つかる。
宮古島の有効求人倍率の推移
2016年4月 0.93倍
2017年4月 1.27倍
2018年4月 1.40倍
2019年1月 2.04倍
(ハローワーク宮古ホームページより)
ただし、正社員求人が増えているわけではない。ハローワーク宮古の求人情報のうち正社員求人は3割~4割ほど。給料もバブル以前と変わらない。
宮古島には大学や専門学校がないので高校卒業後子供たちの大半は島を出る。島を出た地元出身者の半分以上は帰ってこない。理由は宮古島では稼ぎが少なく生活できないから。
給料は上がらないが時給は上がる
宮古島では正社員でも初任給は14万円~18万円。30代で給料10万円台は普通。バブルで給料が上がったという話は全く聞かない。
アルバイトの賃金は高騰している。2015年以前は時給750円~800円が相場だったが、今では時給1000円も見かけるようになった。
人手不足の島では時給1000円でも従業員が確保できない職場もある。
アパート不足
建設業やホテル業で多くの労働者が宮古島に入った結果、宮古島は深刻なアパート不足に。どの不動産屋にも賃貸アパートの空き物件はほとんどない。
残っているのは1DK10万、コンテナハウスで6万など、相場を大きく上回る家賃を設定した物件だけ。
相場通りの家賃の物件は空きが出ると不動産屋のホームページ上に掲載される前に埋まる。バブルの宮古島では建設中のアパートも多いが、建設中から全部屋の借主が決まっている。
部屋を借りるためゲストハウスで暮らしながら不動産屋に毎日通っている人もいるが、それでも部屋は見つからない。
地元出身者は一人暮らしをしたくても、結婚して家を出たくても部屋を借りられない。
家賃値上げ
バブルによる賃貸空き物件不足に便乗し家賃を値上げする大家が続出している。値上げ幅は2000円~4万円ほど。
宮古島最大手の不動産屋「住宅情報センター・アパマンショップ」が管理するアパートで値上げが目立つ。住宅情報センターは大家に家賃値上げを働きかけている。値上げが決まれば郵送で一方的に値上げを通知してくる。
賃貸空き物件がないので、アパートを追い出されれば住む場所はない。住人は家賃値上げに従うしかない。
バブルでアパートの家賃相場自体が上がりつつある。宮古島の本来の家賃相場は1DKで3万~4万円。3DKで5万円~6万円。新築アパートでは相場の2倍以上の家賃を設定しているところもある。
地価高騰
全国放送のニュースや全国紙の紙面で宮古島バブルが取り上げられるようになり「地価500倍」と報道された。
地価が500倍になったのは伊良部島の伊良部大橋から渡口の浜に向かう海岸線沿いの土地の一部。海沿いで潮風が強く、サトウキビ畑にすらできなかった土地の価格がバブルで500倍になった。
伊良部大橋の開通、下地島空港の新ターミナル開業で伊良部島は宮古島以上にバブル。伊良部大橋から渡口の浜に向かう海岸線沿いの土地は、地元の人には手が出ない価格で本土企業に買われている。
リゾート用地の地価高騰に引っ張られるように宮古島全体で地価が上昇。観光客が来ない住宅地の地価も値上がりしている。
建設費高騰
人手不足により建設費も高騰している。
新築戸建ての坪単価は100万円を突破。130万円とも150万円とも言われている。台風が多く鉄筋コンクリートの家が主流の宮古島。30年前は鉄筋コンクリート造でも建築費は坪単価40万円ほどだった。
建築費が高すぎるので家を新築できない。バブルの今、宮古島で家を建てているのはお金に余裕のある移住者か、バブルで儲かっている島の経営者。
中古物件も築40年で3000万円など、信じられないほどの高値で取引されている。
静観する島民
宮古島バブルで生活が豊かになった島民はほとんどいない。島の経営者で儲かっている人はいるが、利益の多くは島外企業に流れている。
宮古島は田舎の島。島の政界や経済界の代表は「建設業が儲かれば島が豊かになる」という古い考えで、島の発展につながりそうなものは全て受け入れてきた。
国に伊良部大橋建設を働きかけ、沖縄県に下地島空港利活用を働き掛け、それが実現した。その結果、島の人たちが誰も想像できなかったバブルがやってきた。
島の人たちは我慢強い。物事を受け入れる力に長けている。給料は上がらないのに、家賃が値上げされる。それでも黙って受け入れ「バブルはいつか終わる」と静観している。
騒ぐ移住者
宮古島バブルで騒いでいるのは移住者。「俺が移住した10年前はこんな島じゃなかった」「家賃値上げありえない」「早くバブル終わってほしい」
穏やかな島の人たちとは真逆で、移住者からは宮古島バブルで悲劇のヒロインになったかのような悲鳴が聞こえてくる。
島の人たちのような我慢強さがなければ、この島では生きていけない。宮古島バブルに文句を言っている移住者の移住生活は長続きしない。
バブル崩壊のシナリオ
島の人たちはバブルがいつか崩壊することを知っている。島の経済界ではバブル崩壊の3つのシナリオが噂されている。
1.下地島空港の陥落
島の経済界には宮古島バブルが長続きするかは下地島空港次第という見方がある。
バブルが始まる前、宮古島の玄関口は宮古空港1ヶ所だった。
今では下地島空港が第2の空の玄関口となり、平良港がクルーズ船の受け入れ港となっている。
宮古空港、下地島空港、平良港。宮古島の観光客受け入れ拠点はこの3ヶ所。これ以上宮古島の玄関口が増えることはない。
この3ヶ所から入ってくる観光客が増え続ける限り宮古島バブルは続く。最も大きな可能性を秘めているのは下地島空港。
開業初年の2019年には成田便、関西便、香港便の3路線が就航した。下地島空港の利用客の目標は年間57万人(2025年)。目標達成には10路線以上の就航が必要になる。
空港ターミナル運営会社は成田、関西以外の大都市圏、香港以外の海外からの定期便の誘致活動を展開しているがこれがうまくいくかどうか。
次々に建設されているリゾートホテルの宿泊需要を満たすためには空路での観光客増加が必要。クルーズ船で平良港から入ってくる外国人観光客は日帰り観光なので島内には宿泊しない。
202X年。下地島空港の定期便誘致がうまく行かず、次々に開業するホテルの空き部屋が目立ち始める。建設ラッシュが落ち着き、建設現場で働いていた大量の労働者が島から帰る。アパートの空き部屋不足が一転。業者が抑えていた部屋が貸に出され、アパートの空き部屋が目立ち始める。アパートの家賃が下がり、建設コストが下がり、地価が下がる。
急激な勢いで膨れ上がったバブルは一度崩壊に転じると歯止めが利かなくなる。
2.明和の大津波の再来
観光客にはほとんど知られていないが宮古島近海では東日本大震災と同じマグニチュード9クラスの地震の発生が想定されている。
この震源域で巨大地震が発生すれば高さ20メートルを超える津波が宮古島の海岸線を襲う。海沿いのリゾートホテルは壊滅的な被害を受ける。
1771年に発生した明和の大津波では宮古島、石垣島で死者・行方不明者12,000人の大きな被害が出た。
宮古島が被害を受ければ当然だが、沖縄本島や石垣島が津波被害を受けたとしても、宮古島の観光客激減は容易に想像できる。
202X年。宮古島近海で明和の大津波級の大地震が発生。津波でリゾートホテルが壊滅。観光客にも人的被害が出る。宮古島の観光客が激減。収益が出なくなった航空路線は廃止され、海外からのクルーズ船観光も中止に。宮古島バブルは跡形もなく崩れた。
3.尖閣諸島で軍事衝突
宮古島に米軍基地はない。航空自衛隊と陸上自衛隊の基地があるが戦闘機があるわけではない。普段宮古島で暮らしていて軍事的なものを感じることは全くない。
島内には自衛隊基地があることで有事の際、宮古島が攻撃対象になると声を上げる基地反対派も一部いるが、多くの島民は静観している。
宮古島が攻撃対象になる可能性はかなり低いが、尖閣諸島で軍事衝突が起こる可能性は十分にある。
宮古島から尖閣諸島までは直線距離で200キロ。沖縄本島までが300キロなので、宮古島から見れば沖縄本島より尖閣諸島の方が近い。
中国による尖閣諸島周辺での領海、領空侵犯は日常茶飯事のように行われている。あまりに常態化しているので全国ニュースでも地元のニュースでもほとんどとりあげられることはない。
もし尖閣諸島で軍事衝突が起これば、全国ニュースで大々的に報じられることになる。尖閣諸島から200キロしか離れていない宮古島の観光客は間違いなく激減する。
宮古島にミサイルが飛んでくることはなくても、尖閣諸島軍事衝突の風評被害で宮古島バブルが崩壊する可能性は十分にあり得る。
202X年。尖閣諸島で中国と日本の軍事衝突が発生。中国が尖閣諸島を占領。日本の自衛隊が米軍と連携して離島奪還作戦を展開。こんな時に宮古島に観光に来る人は誰もいない。海外からのクルーズ船ツアーは全て中止。国際線の航空路線も全て廃止。宮古島バブルは一夜にして崩れた。
まとめ
島内には宮古島バブルのピークは2020年前後だと考えている人が多い。うまくいけば2025年頃までは観光客が増え続けるが、いつかバブルは崩壊する。
最も想像できるバブル崩壊のシナリオは下地島空港の陥落。島内の経済界には下地島空港に懐疑的な見方をしている人も多い。下地島空港の定期便誘致がうまく行かなければ、宮古島バブルは崩壊する。
観光客増加を見込んでバブル期に乱立した“外資”ホテルが、バブル崩壊で廃墟になるという悪夢のようなシナリオが待っている。
明和の大津波の再来、尖閣諸島の軍事衝突は誰にもコントロールできない。津波や軍事衝突は今後100年ないかもしれないし、明日起きるかもしれない。一度起きてしまえば、バブル崩壊どころの騒ぎではない。
島の人たちはバブルがいつか終わることを知っている。小さな島のバブル崩壊のカウントダウンは既に始まっている。