宮古島の人たちの性格~移住者差別を克服する方法~

観光客は宮古島の魅力として人の良さあげますが、実際に住んでみると、優しさだけでは語れない島の人たちの性格が見えてきます。移住者の中には宮古島の人たちと馬が合わずに、島を出ていく人も多いです。

宮古島の人たちの性格は、時に腹立たしく、時にとても魅力的。移住者が差別されているような感覚になることもありますが、理不尽なこともある程度受け入れ、この壁を越えなければ移住成功はありません。

宮古島移住5年の私が感じる、島の人たちの性格と、移住者差別を克服する方法をまとめました。

お尻に火がつかないと動かない

宮古島の人たちは全体的にのんびりしています。おしりに火がつかないと動かないどころか、おしりに火がついてしばらく燃えてからやっと動きはじめます。

宮古島市役所の職員の大半は島の出身者なので、行政もとてものんびりしています。

宮古島では毎年のように水難事故が発生しています。観光客があふれるビーチにもライフセイバーはいません。行政がしっかり海岸を管理すべきだと長年指摘されていますが、市役所は毎年のようにこれを先延ばししています。

海岸管理の条例が2018年度に施行され、ようやくライフセイバーが配置されるようになったかと思ったら、2019年度の1年間、指定管理業者の選定を行い、2020年度からライフセイバーを配置する計画だそうです。

間違いなく2019年にも水難事故は発生します。行政の対応はとてものんびりしていますが、島民ものんびりしているので、それを指摘する人もいません。

普段の仕事の仕方を見ていても「明日やれることは明日やろう」という感じ。移住者が自分のペースで仕事をしていると、周りからどんどん仕事がふってきます。

できる人がやる できない人はやらなくていい

宮古島の職場では、できる人にどんどん仕事がふられます。仕事をできない人、やらない人、やる気がない人もいますが、なぜか許されます。

内地の企業だと、こんな働き方をされていたら真っ先に部署を飛ばされ、関連企業に飛ばされ、リストラの対象になりそうですが、宮古島では許されます。

仕事をしない人の分を、仕事ができる人がカバーしています。残念ながらリストラの対象になるのは移住者。島の人たちはみんなが知り合いの知り合い。島の出身者というだけで遠い親戚のような感じなので、リストラ対象にはなりません。

宮古島は歴史的に豊かな島ではありません。観光業で栄えるまでは、沖縄の辺境にある田舎の離島。貧しい時代から人々が支えあって生きてきた歴史があるので、できない人、やらない人を許す文化も理解できますが、移住者がこの感覚になじむには時間が必要です。

噂がすぐに広がる

宮古島の人たちは人と人とのつながりを大事にします。その分、人の噂もすぐに広がります。あそこの家族はうまくいってないらしい、あそこの旦那は不倫しているらしい。あそこのアパートは移住者ばかり住んでいる・・・。

同級生や仲のいいグループで定期的にお酒を飲む“モアイ”ママ友の集まりなどで、噂はどんどん広がっていきます。

宮古島は狭い島で、スーパーに買い物に行けば必ず知り合いに出会うような島です。島では隠し事はできません。悪い噂が流れないように、島の人たちは普段から言動に気を使っています。

噂話は移住者の耳にはなかなか入りません。移住者は噂の輪の中に入れてもらえないことが多いです。「移住者差別だ」とはじめのうちは疎外感を感じることもあります。

移住者はよそ者

宮古島の人たちは島にお金を落としてくれる観光客には優しいですが、移住者には厳しいです。

宮古島に来てからの5年間、あなたはどこの出身か?という質問を何度もされました。この質問は、私を移住者だと9割方認識した上で、移住者であることを確認するための質問です。

島の人たちは島の出身者は自分たちの内側、島外から来た人は自分たちの外側に位置付けます。移住者には関心を示さず、普段の生活の中で積極的に関わろうとはしません。

島の人たちにとって移住者はよそ者です。移住したての移住者には、どうせ1年で帰るだろうという目線が向けられます。年配の人たちの中には移住者に「内地で犯罪をして逃げて来た」というイメージを持っている人もいます。

島が貧しかった時代から、支えあって暮らしてきた宮古島の人たち。今では見られなくなりましたが、宮古島では「守姉」が小さな子供の世話をしていた時代がありました。大人はみんな働きに出るので、小学生、中学生ぐらいの子供が「守姉」として近所の小さい子の面倒を見ていました。

親戚や近所づきあいが色濃いこの島で、移住者がよそ者扱いされるのは当然。宮古島の人たちは変化を好まないので、移住者が昔ながらの自分たちのコミュニティに侵入してくるのを嫌います。

地元企業で働いたり、子供が保育園や小学校に通うことで、島の人たちとのつながりもできますが、はじめはよそ者扱いされます。移住者が島の人たちの輪の中に溶け込むには相当な努力と時間が必要。「島に貢献している」という姿勢が見えなければ、島の人たちは移住者を認めてくれません。「島から帰らないでね」と言ってもらえる移住者は、島で一生懸命働き、島に貢献している人たちです。

許す力

宮古島の人たちの一番の魅力は、許す力だと感じます。数カ月や1年暮らした程度では、理解できないかもしれませんが、宮古島で長く移住生活をしている人の多くが、島の人たちの魅力としてあげるのは「許す力」です。

許す力は、島の人たちのルーズさの裏返しでもあります。待ち合わせの時間に来ない、約束したのに来ない、仕事に失敗した・・・。都会では許されないような失敗も、この島では許されます。

「起こってしまったことは仕方ない、次にうまくやればいいさぁ」そんなのんびりとしたルーズさが、許す力の裏にはあります。

島の人たちの「許す力」は、家族の絆に似ています。他人なら許されなくても、家族なら、約束を破っても、失敗しても許されることがあります。宮古島では、島の人はみんな家族の延長のような存在なので、家族のように許してくれます。

ただし、島に来たての移住者も許してもらえるかというと、そんなに甘くはありません。島の人たちは、身内だからこそ許してくれるのです。移住者はよそ者なので、許してもらえません。家族同様の信頼を得るためには、相当な努力が必要です。

すぐ仲直りする

宮古島には島の言葉、宮古方言があります。沖縄本島の人も全く理解できないほど、島の言葉は独特。宮古島の中でも地域によって方言が異なります。

島の人たちが方言で会話をしていると、けんかをしているように聞こえることがあります。激しく方言で言い合った後に、数分後には仲直りして別の話題をニコニコ話していることがよくあります。

宮古島の人たちは、けんかをしても根に持つことがありません。けんかをしたとしても、小さな島では数日後にはどこかで顔を合わせることになります。この環境が島の人たちの切り替えの早さを生んでいるように感じます。

移住者の私は、この切り替えの早さについていけないことがあります。

子供が大好き

宮古島の人たちはとにかく子供が大好きです。スーパーで小さい子供を見かければ、他人の子でも話しかけてきて、お菓子をくれたりします。

移住者の私は、見知らぬ島の人たちに話しかけられることはほぼありませんでしたが、子供が生まれ、子連れで歩いていると、ほほえみかけ、話しかけてくれることがよくあります。

島には子どもが生まれたら一人前という考え方があります。仕事ができる人よりも、たくさん子供を育てている人が偉いと考えている人もいます。

宮古島の人たちが歴史的にどこから来たのか、ルーツは解明されていませんが、子供が大好きな性格は、内地の日本人にはない魅力だと感じます。

宮古島での暮らしが長くなるほど「島の子はみんなの子」「島の主役は子どもたち」という島のルールを実感します。

単身移住者と、子連れの移住者では、島の人たちから向けられる目線が全く異なります。子どもがいるだけで、差別的な扱いを受けることが少なくなったように感じます。

コミュニケーションが苦手

宮古島の男性は、コミュニケーションが苦手な人が多いです。性格が素直で、素直な感情表現しかできません。オブラートに包んで言ったり、相手の気持ちを考えて言い方を変えたりすることが苦手です。

その結果、思っていることを口に出せない、思っていることを言うときにどもる、表現がストレートすぎて相手を傷つけることがよくあります。

苦手なコミュニケーションを補うのがお酒。お酒の席では、普段は喋らない宮古島の男性も饒舌。宮古島にはオトーリという酒を回し飲みする独特の飲み方があります。オトーリでは酒を回す人がはじめに挨拶をします。オトーリの挨拶は、みんなとても上手です。

宮古島の人たちは酒好きだとよく言われますが、島の人たちはコミュニケーションを円滑にし、良好な人間関係を保つために酒を飲んでいるのだと感じることがあります。

男性の移住者が島の人たちに認めてもらうためには、酒の輪に入ることも必要です。

まとめ

宮古島の人たちの性格と、移住者差別を克服する方法をまとめました。

移住者が宮古島の人たちの輪の中に入り、島の人たちに認めてもらうには、相当な努力と時間が必要です。

地元出身者が人口の9割以上を占めるこの島では、島の人たちに認めてもらえなければ、移住者が豊かな暮らしを手に入れることはできません。

「宮古島の人たちは腐っている」「差別されている」と言うのは簡単ですが、その壁を越えなければ移住生活は破たんします。

独りよがりにならず、島の人たちをリスペクトし、島に貢献することが、移住成功の近道です。

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