宮古島の台風シーズンはいつ?過去に大きな被害が出た時期は?

宮古島の自然災害と言えば台風。過去に台風によって何度も大きな被害が出ています。

宮古島の台風シーズンはいつなのか?過去に大きな被害が出た時期は何月か?

宮古島移住5年の経験と島の人たちに聞いた話をまとめました。

7月、8月、9月がピーク

宮古島に台風が接近するのは5月~9月。ピークは7月、8月、9月です。

沖縄気象台が、宮古島の半径300キロ以内に接近した台風の数を月別に統計データとしてまとめています。

1951年~2018年の68年間の台風接近数です。

1月 0
2月 0
3月 0
4月 2
5月 14
6月 26
7月 50
8月 72
9月 62
10月 28
11月 12
12月 0

データから7月、8月、9月が宮古島の台風接近のピークであることがわかります。
沖縄気象台のページへ

1月から3月までは台風の接近はありません。

宮古島では毎年4月に海開きが行われます。4月中旬以降は夏のような天気になりますが、この時期の台風接近はほとんどありません。

5月上旬~6月上旬まで、宮古島は梅雨の時期です。梅雨前線が居座り台風接近は多くありませんが、数年に一度、季節外れ台風が来ます。

梅雨明けすると台風のリスクは高まります。6月は海水温が低いので台風が接近しても被害は最小限です。

宮古島の台風のトップシーズンは7月、8月、9月。観光のトップシーズンと重なります。7月~9月は毎年、月に1回は台風が接近します。運が悪い年には2週連続で台風が接近します。

住んでいる感覚からすると、7月、8月、9月の宮古島旅行が台風と重なる確率は10~20%ぐらいです。

10月以降、台風の接近は少なくなります。海水温も低く、宮古島接近前に熱帯低気圧に変わったり、フィリピン方向に流れて行く台風が多いです。

過去の猛烈な台風

過去に宮古島に大きな被害をもたらし、伝説の台風として語られる4つの台風は全て9月に接近しています。

1959年 宮古島台風

【接近日】9月14日~16日
【最大瞬間風速】64.8メートル
【死者・行方不明者】99人
木造家屋の多かった宮古島に大きな被害が出た。

1966年 第2宮古島台風

【接近日】9月4日~6日
【最大瞬間風速】85.3メートル
最大瞬間風速85.3メートルは日本の観測史上1位の記録。

1968年 第3宮古島台風

【接近日】9月22日~23日
【最大瞬間風速】79.8メートル
【死者】11人
第2宮古島台風のわずか2年後に宮古島を襲った猛烈な台風

2003年 台風14号

【接近日】9月9日~12日
【最大瞬間風速】74.1メートル
【死者】1人
電柱なぎ倒し、トラック横倒、窓ガラス破損など大きな被害が出た

宮古島の最大瞬間風速ベスト4の台風は、全て9月に接近しています。
台風のトップシーズンは7月、8月、9月ですが、過去のデータから見ると最も被害が心配されるのは9月の台風です。

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台風接近、その時宮古島は?

台風が接近した時、宮古島では何が起こるのかをまとめました。

飛行機

台風が接近すると宮古空港、下地島空港を発着する飛行機は全て欠航します。

宮古島と石垣島などの離島を結ぶ琉球エアコミューターのプロペラ機、下地島空港発着のジェットスターはすぐに欠航になります。

宮古空港発着のANAは少しは粘りますが、早めに欠航を決めます。

最後まで粘るのはJAL系列の日本トランスオーシャン航空、JTA。羽田と宮古を結ぶ路線は早めに欠航しますが、那覇と宮古を結ぶ路線はギリギリまで飛ばすことが多いです。

飛行機の欠航が決まると、宮古空港は閉鎖されます。空港の玄関には鍵がかかり、中には入れません。直接航空会社のカウンターに出向いてチケットの変更や問い合わせをすることはできなくなります。

台風一過の宮古空港は多くの人で混雑します。台風翌日は羽田空港、関西国際空港、中部国際空港、那覇空港行きの全便が満席。空港ロビーにはキャンセル待ちの人が溢れます。

JTAが台風翌日に那覇行きの臨時便を出すことがあります。臨時便が一便飛ぶと、キャンセル待ち番号180番台まで一気に飛行機に乗ることができます。

キャンセル待ちは航空会社のカウンターに来た順で受け付け番号が配布されます。早いキャンセル待ち番号を手に入れる唯一の方法は台風翌日に早く空港に行くこと。台風翌日は、ターミナルの開館前から外で待っている人がいます。

宮古島と多良間島を結ぶ「フェリーたらまゆう」宮古島と大神島を結ぶフェリー「すまぬかりゆす」は台風が接近すると欠航します。

台風前後の3~4日欠航することが多いです。台風が遠ざかっても海が荒れ続けている場合、一週間以上欠航することもあります。

宮古島の観光客の4割は、クルーズ船で海から入って来る外国人観光客。台風接近時にはクルーズ船も欠航となります。

バス

宮古島では、宮古協栄バス、八千代バス、共和バスの3社が路線バスを運行しています。暴風警報が出ると路線バスは全て欠航になります。

観光バスツアーも実施されません。台風接近時、観光客はホテルに缶詰めです。

タクシー

台風接近時はタクシー会社も休みです。外は暴風。バスもタクシーも自家用車もレンタカーも道路から消えます。タクシー会社には電話もつながりません。

伊良部大橋

暴風警報が発表されると伊良部大橋は車両通行止めになります。伊良部島宿泊者は暴風警報発表前に伊良部大橋を渡って伊良部島に戻らなければなりません。

宮古島から下地島空港へは伊良部大橋を渡っていくしかありませんが、暴風警報発表中は橋を渡れません。宮古島のホテル宿泊者が下地島空港を利用する場合は注意が必要です。

学校

保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校は全て休校になります。島の子供たちは台風の恐ろしさを知っています。学校が休みだからと言って外に出て遊ぼうとする愚かな子はいません。家でただひたすら台風が通り過ぎるのを待ちます。

停電

宮古島では台風と言えば停電。停電と言えば台風。勢力の強い台風だと島のほぼ全世帯が停電します。

家の電気がつきません。電気とガスが連動している場合お湯が出ません。

田舎ほど早く停電し、復旧も遅いです。旧城辺町、旧下地町、旧上野村などの田舎は台風のたびに停電します。伊良部島、来間島、池間島などの離島もすぐに停電します。

田舎だと丸2日停電が回復しないこともあります。毎年3回~5回は確実に停電します。宮古島では辛抱強くないと生きてはいけません。宮古島の人たちの自然を敬い何事も受け入れるたくましさは、毎年襲う台風によって育まれたものかもしれません。

市街地エリアも普通に停電します。市街地に住んでいても毎年3回は停電します。宮古病院の近く、宮古島市役所の近くは比較的停電しにくいです。

市街地エリアでは、道路の向こうは電気がついているのに自宅は停電なんてこともあります。復旧も早い地域と遅い地域があります。市街地ほど復旧は早いです。すぐに復旧する場合もあれば、丸1日停電している場合もあります。

停電で困るのは食材の管理。停電で冷蔵庫はただの箱になります。冷凍庫の冷凍食品が溶けだし、冷蔵庫の乳製品が腐っていきます。台風前後は食材の管理に気を使います。

買いだめ

台風接近後、食材を積んだ貨物船が島に入るまで数日かかります。

島の人たちは台風接近前に食材を買いだめします。台風前にはスーパーの陳列棚から食品が消えます。生鮮食品、カップ麺、飲料水の陳列棚はガラガラになります。

台風後の数日間はスーパーに食材がありません。

船が入り、食材がスーパーに補充されると島の人たちも一安心。ようやく日常生活が戻ってきます。

避難所

暴風警報が発表されると、市役所庁舎や公民館が避難所として解放されます。避難所では毛布やカップ麺が提供されます。

古い家に住んでいる人など、地元の人で避難所を利用する人もいます。

宮古島ではコンテナハウス、トレーラーハウス型の宿泊施設が増えています。今後は避難所を利用する観光客も多くなりそうです。

人的被害

宮古島の人たちは台風の恐ろしさを知っています。台風時に外出する人はいません。台風のトップシーズンでも人的被害は全く出ません。

2003年の台風14号で死者が1人出ましたが、それ以降、宮古島で台風による死者は出ていません。

ケガ人もほとんどいません。台風でケガをするのは、台風の恐ろしさを認識していない観光客です。

5年住んでいる実感として、宮古島の台風は本土とは比べ物にならないほど、本当に恐ろしいです。台風が接近している間はゴゴゴゴゴというものすごい音が鳴り続けます。

窓ガラスが小刻みにゆれます。窓ガラスに暴風雨が打ち付け、ガラス戸の隙間から雨水がわき出るように部屋の中に入ってきます。

台風が来るたびに、人間には到底及ばない自然の力を実感します。

建物被害

宮古島はかつて赤瓦の木造家屋ばかりでした。木造家屋は1959年の宮古島台風で壊滅的な被害を受けました。

それ以降、宮古島では木造住宅は台風に弱いという考え方が定着。宮古島の建物の大半は鉄筋コンクリート造りです。

鉄筋コンクリート造りの建物が増えてから、宮古島で台風による建物被害は激減しました。

建物自体は大丈夫ですが、台風による潮風で鉄筋コンクリートは劣化します。外から見ると丈夫な建物でも、中の鉄筋は潮風でサビていることがあります。

2003年の台風14号では多くの家庭で窓ガラスが割れる被害が出ました。これ以降、宮古島では窓ガラス用のアルミサッシの網戸が急速に広まりました。

サトウキビ

宮古島の農作物と言えば、サトウキビ。サトウキビは台風の強風によってなぎ倒されますが、根元から折れることはありません。

サトウキビそのものがダメになることはありませんが、台風で成長点が折れると生育が止まり品質が悪くなります。

台風で懸念されるのは塩害。台風で海の潮が巻き上げられ、サトウキビにふりかかります。潮がつくとサトウキビの成長が遅くなり、品質が悪くなります。

サトウキビは台風に強い作物ですが、台風が多い年は不作、台風が少ない年には豊作になります。

マンゴー

マンゴーの収穫のピークは7月。7月に大きな台風が来るとマンゴーに大きな被害が出ます。

マンゴー農家は常に台風の進路を気にしながらマンゴーを栽培しています。台風が近づくと、成熟していなくても早めにマンゴーを収穫する場合があります。

マンゴーはビニールハウス内で栽培されます。猛烈な台風だとハウスそのものが倒壊する危険があります。ハウスの倒壊を防ぐため、台風前にハウスのビニールをはがすこともあります。

ビニールをはがしたハウスは風が吹きさらし。落下せずに風に耐えれば出荷できますが、落下したマンゴーは出荷できません。

台風は農作物の輸送にも影響します。台風で飛行機、船が欠航するとマンゴーの積み残しが大量に発生します。

葉タバコ

サトウキビ、マンゴーに次いで宮古島には葉タバコ農家が多いです。

葉タバコの収穫時期は5月。台風シーズン前の収穫なので台風による被害が出ることは少ないです。

5月に季節外れの台風が来ると葉タバコは壊滅的な被害を受けます。暴風をまともに受けた葉タバコは出荷できません。

葉タバコはサトウキビ、マンゴーに比べ台風に弱い作物。葉タバコ農家にとって5月の台風は死活問題です。

水難事故

台風通過後、宮古島では必ずといっていいほど水難事故が発生します。死亡事故も多いです。

台風一過で青空が広がっていても、海は台風通過後数日は荒れています。波浪注意報が出ている間は海でのレジャーには十分な注意が必要です。

台風でホテルに缶詰めになったフラストレーションから解放され、海ではしゃぎたい気持ちもわかりますが、命を落としてしまっては意味がありません。

島の人たちは自然の恐ろしさを知っています。台風の前後には絶対に海に近づきません。

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まとめ

宮古島の台風シーズンは7月、8月、9月。特に9月の台風では過去に大きな被害が出ています。

宮古島の台風は本土とは比較にならないほど強烈です。台風接近時には外出はできません。家の中でひたすら耐えるしかありません。

飛行機は欠航。橋は閉鎖。当然のように停電が発生。

人的被害や建物被害は少ないですが毎年農作物に被害が出ます。

宮古島に住んでいる限り常に台風のリスクと隣り合わせです。

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